思い出地図 特別編【1948年頃の安井地区と1969年頃の夙川駅前など】
- 5月2日
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思い出届けびと
T.H.さま
T.H.様は直接ご来店くださり、大切な思い出のお話とともにお写真もたくさん提供いただきました。ありがとうございました。
現在は夙川駅近くにお住まいのT.H.様ですが、第二次世界大戦後の1948(昭和23)年頃にご家族で中国から引き揚げ、末広町に建てられた仮の住宅にお住まいだったそうです。




写真①〜⑤ T.H.様とご家族
撮影地は末広町近辺。本当に焼け野原だったのですね。背景に阪急電車の架線が見えてなぜかホッとします。⑤は十日えびすに行くところ、とお聞きしたと思います。右後方の甲山の位置から考えると建石筋か万葉苑筋を南下されているところのようです。

⑥喫茶 ラ・パボーニ(年代不明)
千歳町に画家の大石輝一氏が開いた喫茶店。西宮にゆかりのある小松左京、野坂昭如をはじめ多くの文化人が集ったそうです。写真中央は裸の大将、山下清氏。

⑦夙川公民館辺りから対岸の千歳町を望む(1955(昭和30)年)頃
土手の並木道に雪が降って美しい景色ですね。終戦後すぐは土手に上がると見渡す限り焼け野原が広がっていたと聞いたことがありますが、10年経って住宅や木々も見え復興の様子がわかる気がします。
現在は遊歩道ですが、土手の上にバスが走り香櫨園浜に海水浴客などを運んでいた時期があったそうです。


⑧⑨羽衣橋と夙川駅前の関西配電ビル(1957(昭和32)年頃?)
現在はロータリーとグリーンタウンに変わっていますが、かつて夙川駅前には多くの商店や会社が軒を連ねていたそうです。当時を詳しく覚えている人は、今ではT.H.様を含め3人くらいしかいないのでは、とおっしゃっていました。


⑩11 1969年と1985年の夙川駅前(イワノスポーツ調べ 参考:ゼンリン住宅地図)
T.H.様にお会いして、長年夙川駅の近くにいながら私の旧夙川駅前商店街の記憶はおぼろげだったことを思い出しました。中学時代の1973、4年ごろに文房具店で買い物をしたことくらいです。1978年に通学で阪急電車を毎日のように利用する頃には再開発がほぼ完了し、良くも悪くも阪急沿線らしく新しい街並みに変わっていました。
中央図書館で地図を調べてみると、山手幹線の開通と併せて夙川駅前が大きく変わったことがわかりました。(地図の空白部分は個人宅や不明の箇所です)
最後に…
T.H.様にはこの他にも様々な思い出をうかがいましたが、今回は写真を中心に紹介させていただきました。



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