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投稿記事


明日2026/02/01神戸新聞に掲載されます!
2月1日、神戸新聞にて当とりくみ「思い出地図」が掲載されます!
1月31日読了時間: 1分


イワノスポーツ完全閉店のお知らせと、今後の「思い出地図」の更新について
イワノスポーツは2026年5月31日をもって閉店することとなりました。 1969年4月の開店以来57年にわたり店を守ってこられたことは、何よりも皆さまのご厚意によるものです。ほんとうにありがとうございました。 この街がいつまでも温かく住み良い街であるよう心から願っております。 思い出地図にご協力いただいた皆さまへ 家族、知人、お得意様の狭い範囲で2023年に始まった思い出地図作りは、昨年9月に情報募集の範囲を広げたところ多くの皆さまにご協力、反響をいただいております。まことにありがとうございます。 イワノスポーツは5月に閉店しますが、この夏を一区切りとして『思い出地図 ver.1(仮称)』を完成させ、お住まいのわかる方、手渡しできる方には印刷物の形でお届けします。 また、ホームページではいつでもどなたでも地図をご覧いただけるよう準備中です。 さらに、思い出の情報は引き続き受け付けて、ますます内容の濃い思い出地図にしていきます。 実店舗は無くなってもこの街を大切に思う気持ちは尽きません。これからはホームページを通じて皆さまと西宮愛を共有させていただ
1月15日読了時間: 1分


夙川の皆さんの思い出募集中
わたしたちのふるさと、西宮市夙川のイワノスポーツでは、現在地域とイワノスポーツの思い出を募集しています。 「50年以上この町に存在する店として、何を残すか」 お店の営業もいつまでかを考えないといけないなか、このまま消え失せてしまうのだけは嫌だと母娘で考えたのが思い出地図でした。 いつか必ず来る終わりのために。 その終わりは結構すぐに来ているかもしれない。 ぜひ、みなさんのお力添えをお願い致します。 西宮、夙川のこの地域やイワノスポーツに直接関わりがなくても、ご家族やお知り合いなどにシェアお願いいたします。 情報提供は以下の4つの方法から!! ① イワノスポーツインスタグラムまでDM @iwanosports ② イワノスポーツ思い出地図係までメール iwanosports1969@gmail.com ③イワノスポーツホームページにて入力 https://iwanosports1969.wixsite.com/omoidemap ④イワノスポーツ店頭の用紙に記入 「ささいな思いでも大切な思い出」がモットーですので、ぜひぜひ、情報提供をよろしくお願い
2025年8月23日読了時間: 1分


思い出地図 特別編【1948年頃の安井地区と1969年頃の夙川駅前など】
思い出届けびと T.H.さま T.H.様は直接ご来店くださり、大切な思い出のお話とともにお写真もたくさん提供いただきました。ありがとうございました。 現在は夙川駅近くにお住まいのT.H.様ですが、第二次世界大戦後の1948(昭和23)年頃にご家族で中国から引き揚げ、末広町に建てられた仮の住宅にお住まいだったそうです。 写真①〜⑤ T.H.様とご家族 撮影地は末広町近辺。本当に焼け野原だったのですね。背景に阪急電車の架線が見えてなぜかホッとします。⑤は十日えびすに行くところ、とお聞きしたと思います。右後方の甲山の位置から考えると建石筋か万葉苑筋を南下されているところのようです。 ⑥喫茶 ラ・パボーニ(年代不明) 千歳町に画家の大石輝一氏が開いた喫茶店。西宮にゆかりのある小松左京、野坂昭如をはじめ多くの文化人が集ったそうです。写真中央は裸の大将、山下清氏。 ⑦夙川公民館辺りから対岸の千歳町を望む(1955(昭和30)年)頃 土手の並木道に雪が降って美しい景色ですね。終戦後すぐは土手に上がると見渡す限り焼け野原が広がっていたと聞いたことがありますが、
5月2日読了時間: 2分


和菓子の風月堂さんの思い出
思い出届けびと ロシアンブルーさま、お母さま 風月堂さんでいつも柏餅を買っていて、美味しかった思い出があります。上品なお年寄りのご夫婦がされていたように思います。(ロシアンブルーさま) 遠い昔のことで、掲示していただいている地図を見ながら「懐かしいな」と思いました。(お母さま) イワノスポーツ三代目店長から: ロシアンブルーさま、お母さま、思い出とともにネットの地図と写真まで添えていただきありがとうございました。風月堂さん、看板を大切に残していらっしゃるのですね。丁寧に心を込めた和菓子を作られてたことと思います。私の友人にも風月堂さんの和菓子のファンがいました。 私はといいますと、父が双葉市場の和菓子屋さんと親しかったので、そちらで買うことが多かったです。そのお店、太平堂さんも数年前閉店されて寂しい限りです。
5月2日読了時間: 1分


イワノスポーツの思い出 その1
思い出届けびと ドイケン様(60歳) (お名前を少し編集させていただきました) イワノスポーツさんにはボクら夙川界隈のサッカー少年はホントにお世話になりました。 思い出はやはり先代のお父さん*1ですね。 ①お父さんの雰囲気がこわい 丸坊主(じゃなかったかも*2)で眼光鋭いお父さんはやはりボクら子どもにとって怖かったです。お店にお母さんしかいないとホッとした記憶があります。 あと、関西あるあるですが、お父さんとエス書店*3のおじさんはお釣りを渡す際に「◯万両」って言ってました。お店を出た後、友だちと「ホンマに◯万両くれや」とか言ってた記憶があります。 ②ペレのサイン お店にペレのサイン*4があったので、ボクら子どもは「あのオッサン、サッカーのスゴい人なんかもしれん」と思ったりしていました。ホントにサッカーのスゴい人だったらスミマセン。 ホントに長い間ご苦労様でした。 ⭐3代目店長からドイケン様へ⭐ 懐かしくオモシロいメッセージをありがとうございました。泣き笑いいたしました。 少し注釈を付けさせてくださいね。 *1先代のお父さん:創業者 岩野弘(19
3月18日読了時間: 2分


お隣の金魚屋さんの思い出
思い出届けびと イワノスポーツ3代目店長 先日、シャッターに掲示した思い出地図をご覧になっていた男性に声をかけさせていただきました。 少年時代、お父様と一緒に当店のお隣の金魚屋さん(現在は音楽教室さん)によくお買い物に来られていたそうです。 西田公園ができる前の南郷山の斜面を段ボールで滑って遊んだこと、山の上には小屋が有りお爺さんが住んで畑も作っていたこと、現在駐車場になっているところは日本庭園の会社だったことなど懐かしくお話しさせていただきました。 また、安井小学校のクスノキが2本とも伐採されてしまったことを残念そうに教えてくださいました。 あまりお引き止めしてもと、肝心の金魚屋さんの思い出はあまり話さずにお礼を言ってお別れしてしまったことが段々と気になってきたので、ここで金魚屋さんの思い出を少し書いてみます。 金魚屋さんの店名は夙川フィッシュショップ。1969年に高架下商店街がスタートした当時から、1986、7年頃に閉店されるまで家族ぐるみで仲良くさせていただきました。特に、長女さんに私と弟は大変可愛がっていただき、わが家で「お姉ちゃん」とい
3月18日読了時間: 3分
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